2017年5月20日土曜日

「みんな」の偏見…「みんなが同じではないのが当たり前」となる日を願って。




google様の、「一匹いたら」の予測検索



世の中は、どうしても数が多いほうが優位に見えるものであるようです。

「みんな」がやっていたり、言っていたりすることなら、「正しい」とまでは思わなくても、無難であり、自分がそちらの意見に乗っかっても大丈夫と考える人は、きっと、少なくないのでしょう。


逆に、「みんな」とは違った意見の人にとっては、「みんな」の数の多さが、大きなプレッシャーになります。


「みんな言ってる」
「みんなが嫌ってる」
「みんな、そんなことはしない」

こういう「みんな」の話を聞くたびに、私(おかーさん)は、とある昆虫のことを思い出します。






匹見つけたら数十匹のみんな」がいる的なイメージ画像


この虫の繁殖力を考えれば、「一匹確認=数十倍の集団が隠棲」という認識は、そう間違ったものではないでしょう。

でも、人間の会話のなかにでてくる「みんな」の場合、意外と正体がはっきりしないこと、多いような気がします。


「みんな、そう言ってるから」
「みんなって、誰?」
「だから、みんなだってば」
「そのみんなのなかには、どこの誰が入ってるの」
「そんなの知らないし!」
「知らないってことは、ただの思い込みよね」
「ちがうから! みんな言ってることだから!」
「だから、みんなって誰?」
「○○さんとか!」
「あとは?」
「知らない!」
「一人じゃん。○○さん、ホントにそんなこと言ってたの?」
「言っててもおかしくないでしょ! みんな言いそうなことなんだから」
「結局聞いてないんじゃん」


みたいな具合に。

みんな」というのは、発言を優位に見せるために呼び寄せた、架空の脳内エキストラであったりする場合も、多々あるかもしれません。






さて、昨日だったか、Twitterで、胸のすくような「まとめ」記事を見かけました。


同性愛者の入店禁止を求めた「お客さまの声」に対して
本部が怒りの回答
https://togetter.com/li/1111006


元の発言は現在非公開となっているようですので、概要を書いてみます。

とあるお店に、お客さまからの厳しいクレームが、届いたそうです。

その内容は、

「同性愛者と思われる男性二人が、駐車場で手をつないで車から出てくるのを見かけた。見ていて、気持ちが悪いので、入店できないような対策をとってもらいたい。もし対策をしないなら、二度と来店せず、インターネットに『そういうお店』だという情報を流す」


という、トンデモなものでありました。



それに対して、お店の本部の「個性輝く生き方推進室長」という立場の方が、実にはっきりとした、「お断り」の回答を出していました。回答のかなめとなる部分だけ、写させてもらいます。m(__)m


「結論から申し上げます。もう来ないでください。」

「あなたさまの考え方や感じ方を否定するつもりはございませんが、LGBTの方々の生き方を真っ向から踏みにじるような言動はおやめください。それだけをお願い申しあげます。」



室長さんに、大きな拍手をお送りしたいと思います。ヾ(〃^∇^)ノ



クレーマーの人が、予告通りに、お店を誹謗中傷する情報をネットに流してたのかどうかは不明ですが、たとえ流したとしても、お店は揺るぎなく信念を貫いていかれることでしょう。


こういうひどい偏見を振りかざして、同調圧力をかけてくる人の脳内には、おそらく、この人の「常識感覚」を支えるようなみんな」集団が存在しているはずです。

その「みんな」が、周囲にも脳内にも見当たらなくなる日がくれば、クレーマーの人も、考えを改めるかもしれませんし、改めないとしても、こんな投書をする勇気は持てなくなることでしょう。


こうした偏見の源になっちゃっている、脳内のみんな」を、まとめてシューッと一吹きで退治できるようなスプレーがあれば、便利ですけれども、そんなものはありませんので、地道に「それはおかしい」と声に出していくしかないのでしょうね。(´・ω・`)



話が少し横にそれますが、このクレーム文章中の、

「車の中から手をつないで出てきた男の人たち」

というところを見たとき、行動援護の福祉サービスで、ヘルパーさんたちとお出かけをしている、あだきち君の姿が思い浮かびました。

いつもお世話になっている、男性のヘルパーさんたちは、外出中、あだきち君と手をつないで歩いてくださっています。

お出かけでは、ショッピングセンターのフードコードやトイレなどに立ち寄ることも多いそうですので、他のお客さんたちや、お店の方々は、男性ヘルパーさんに手を引かれて歩くあだきち君の姿を、しゅっちゅう見かけていることでしょう。

あだきち君は、ヘルパーさんたちをとても信頼していますので、にこにこしながら寄り添って歩くことが多いでしょうし、ヘルパーさんたちも、あだきち君を安心させるために、肩に手を回したり、背中をなでたりといった、ボディタッチの機会が多いのではないかと思います。

そんなわけですので、上のクレーマー(と「みんな」たち)のような、ホモフォビアの傾向の強い人物が、支援外出中のあだきち君たちをみかけたら、「同性愛者だ!」と思い込む可能性は、無くもなさそうな気がしました。

そうした方向性ではないとても、インクルージョン教育が一般化されていない現状では、見た目が五体満足で、体の大きなあだきち君が、同性の大人に手を引かれて歩いていることに対して、強い違和感を持つ方は、たぶん少なくないでしょう。

クレーム投書の対象となった方々だって、外からは見えにくい、何らかの困難な事情から、手をつないで歩いていたのかもしれません。

もしかしたら、片方の男性は、視力などに、ハンディを持っている方だったかもしれません。

あるいは、うつ病やパニック障害、あだきち君のような知的障害などの問題のために、人混みのなかに入るのに、手をつなぐ支援が必要だという場合だって、あるかもしれません。


いろんな立場や事情の人が存在しているということを、どこかでしっかり知っておく機会が広がってくれば、こんな残念な摩擦は、少なくなるはずです。

心ない投書をしてしまったクレーマーの人だって、自分とは異なる立場の人たちを理解することかできていれば、気に入っているお店の駐車場で、いちいち不愉快な思いをすることもなかったことでしょう。

いつか、そういう方向に世の中がどんどん変わっていくことを願いつつ、ネットの片隅に書き留めておくことにします。