2016年4月30日土曜日

車検の季節、なんですが……自動車税減免証明書にまつわる混乱

うちの車、愛称「三代目かめ号」が、来月、車検を迎えます。


今日、車の整備工場さんに、車検の予約をしましたら、用意するもののご指示をいただきました。

・ハンコ
・車検証
・納税証明書



車検には、納税証明書が必要です。

その、あったり前のことを、毎度毎度、ほんとに毎度、忘却しながら、免許取ってからの長い歳月、運転しつづけてきました。(´・ω・`)


しかも、うちには、あだきち君の障害者手帳がありますので、自動車税は減免されています。

なので、納税証明書は届きません。減免されたという通知書が届きます。
("通知書"でいいのかな、あれ・・・シールになってるハガキです)


んで、その通知書に、「車検はこの通知書ではダメだから、自動車税事務所で、減免証明書というのをもらってね」と、書いてあります。

証明書をもらうためには、最寄りの税事務所に直接行くか、「車検証のコピー」に返信用の封筒(切手貼って自分ちの住所を書いたやつ)をつけて、郵送で、証明書の発行を依頼するようにと書いてあります。


押し寄せてくる日々の予定の合間に、事務所まで行くのは億劫ですし、車検の日まで何週間かありますので、今回は、郵送での証明書発行にチャレンジすることにしました。


封筒を二通用意して、
どちらにも、料金分の切手を貼って、
片方には、事務所の住所と宛先を書いて、
もう片方には、自分ちの住所と名前を書いて、
依頼のお手紙も書いて、
車検証のコピーをつくって、
事務所宛の封筒のほうに全部詰め込んで、糊ではって、

ポストに投函。





あー終わった終わった。
あとは、証明書が届いたら、車検証入れにはさんでおけば、万事解決!




と、思っていたのですが、なんとなーく、不安になって、県のホームページの、税金についてのページを確認することにしました。


そこに、「障害者のための自動車税の減免」という項目がありましたので、読みました。



すると……


ゲンザイは、国と県のシステムがバッチリ連携するようになってるので、国の運輸支局・自動車検査登録事務所において、自動車税の納付状況を電子的に確認することが可能になりましたぴょーん。

この結果、車検時の納税証明書が省略できるようになりましたのでぴょーん。

ですので車検のための納税証明書取得手続は、原則として不要ですのぴょーん。


なんてことが、書いてあるではありませんか。
(動揺のあまり、文面がちょっと変な具合に変換されています)



納税証明書、いらないんじゃないですか・・・・・(´・ω・`)




まあ、もう、証明書交付お願いを投函しちゃってますので、お返事が届いたら、車屋さんに確認することにします。



とほほ。










行動援護

行動援護について


息子のあだきち君(18歳・重度の広汎性発達障害)は、行動援護という福祉サービスのお世話になっています。主に、休日の社会体験、体を動かすためのアウトドア活動などに、使わせていだいています。

あだきち君は、慎重175cm前後、体重は95kgを超えています。
常日頃はおだやかな性格で、パニックになることは、最近では少なくなってきていますが、外出時に何かあると、体力のない私一人では、到底支えきれません。

お出かけする日には、ヘルパーさんが自宅まで車で迎えにきてくださいます。
六年前からお世話になっている方々なので、あだきち君のことをよく把握して、安全に移動のサポートをしてもらえます。あだきち君は、おでかけの日には、早朝から楽しみに待っています。私も、毎回安心して、あだきち君を送り出しています。


昨年度までは、同じような外出時に、移動支援というサービスを使わせてもらっていました。

ところが、自治体が、予算を圧迫しているということを理由に、移動支援の料金を大幅に引き下げてしまいました。引き下げられた料金で、従来と同じサービスを提供しようとすると、ヘルパーさんたちの働く事務所の採算がとれなくなるため、サービスは廃止に。

そのかわりに、自治体の福祉課の方から提案されたのが、行動援護の利用でした。


行動援護は、厚生労働省のサイトで、次のように説明されています。
(前にもどこかで引用したようなかすかな記憶・・・最近、どうも物忘れがひどいのです)

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/naiyou.html



障害者等が行動する際に生じ得る危険を回避するために必要な援護、外出時における移動中の介護、排せつ及び食事等の介護、その他行動する際に必要な援助を行います。 
【対象者】
知的障害又は精神障害により行動上著しい困難を有する障害者等であって常時介護を要する者で、障害程度区分が区分3以上であり、障害程度区分の認定調査項目のうち行動関連項目(11項目)等の合計点数が8点以上(障害児にあってはこれに相当する心身の状態)である者


あだきち君は障害がとても重いため、問題なく利用契約を結ぶことができました。

でも、以前、移動支援で一緒にでかけていた仲間たちのなかには、障害が軽いために、あだきち君と同じ外出の支援を受けられなくなった方もいるように聞いています。障害の軽重では、生活の困難の度合いは、かならずしも測れない部分があります。お出かけがすきだった仲間たちが、いまどうしているかしら、ストレスをため込んでいないかしらと、気になっています……。



さて、連休ということで、あだきち君は、昨日と今日、二日つづけての、おでかけ参加です。

昨日は、隣県の博物館に連れていっていただいたとのこと。


ヘルパーさんたちのお話では、重度の知的障害の方々をつれての外食では、たまに、他のお客さんからクレームがあったり、あまり好ましくない目で見られることもあるということでした。

けれども、何度も通ううちに、お店の方や地域の方のご理解をいただき、あたたかな目で見ていただけるようになることも多いのだそうです。



あだきち君のような人たちが理解され、安心して出歩ける町は、きっと、どんな方にとっても、長く暮らしやすい町であろうと思います。


私たちも、守られ、支えられるだけではなく、何か地域のためにできることがないか、考えながら暮らしていきたいと、いつも思います。


追記というか、ボケへのツッコミ


やっぱり、前に書いてましたよ・・・同じネタ。
まあ、今日の出来事も交えているので、完全重複ではないですが。


2016年4月4日月曜日 移動支援と、行動援護について……





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2016年4月23日土曜日

今朝の学習


息子(18歳・重度の発達障害)は、朝、出かける前に私と一緒に勉強するのが、長い間の日課になっています。

私が忘れていると、

「お勉強をする!」

と、声をかけてくれます。やらないと、落ち着かないのです。


もう学校を卒業してしまっていますが、言葉の練習や、生活に関わる様々な知識、スキルの習得の練習は、私が元気でいる間は、ずっと続けていくつもりです。


今朝は、漢字の読み書き、短い文章を読んで、受け答えをする練習、お金の計算の練習をしました。

漢字は、日常的によく目に触れるものを選んで、カードにして何度も読んだり、書き取りをしたりします。

今日練習したのは、

・泣く
・笑う
・音楽を聞く
・音(おと)
・絵画
・絵(え)
・後(あと)

漢字の読みが複数あること、熟語によって読みが変わることについては、中学部に入ったころから、理解できるようになりました。

そのほか、自分の名前の漢字表記も、きれいにしっかり書けるように、練習しています。


自分の言いたい言葉を探すことが苦手なので、短い文をたくさん覚えたり、文カードをすばやく読んだりする練習もしています。

勉強のほか、毎日必ず、日記も書きます。
昨年、18歳になった日から、三年日記をつけはじめました。今日まで一日も欠かさず、つけています。

自発的な発語の少ない息子ですので、たいていは、私が書いて見せたものを書き写す方法で書いていますが、ごくたまに、自分の言葉が出てくることもあります。そうした自分の言葉が、どんどん増えていってくれることが、私の願いです。












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2016年4月22日金曜日

息子の連絡帳

あだきち君は、介護施設で、毎日、連絡帳を書いてきます。

昨日の連絡帳には、こんなことが書いてありました。書き間違いも含めて、そのまま転載してみます。


こうえんに行きました。
ブランコにのりました
やきそはたべた
きんひらたべました
たのしかったことは
おとのこほんであそびました


しこしゃののみました
しこしゃののみました
しこしゃののみました
(20回書いていました)


「しこしゃののみました」が、謎です。

おとーさんにも見せて、しばらく考えてもらったところ、


「これは、シークワーサーではないか」


ということになりました。


施設のスタッフの方に、聞いてみようと思います(^^)。

2016年4月18日月曜日

言葉の練習

息子(十八歳・自閉傾向のある重度の広汎性発達障害)が、このごろ、ちょっと奇声を出すことが増えてきています。

支援学校を卒業して、施設通所がはじまり、環境が大きく変わったことで、やはり少し不安定になっているのを感じます。


施設では、ほんとうによくしていただいていますが、通所している方々の顔ぶれが一定ではないようで、職員さんたちのローテーションなどもあって、日々の生活のパターンが、まだ把握しにくい様子です。見通しの立てにくさから、不安になって、奇声などの行動に出ているのかなと想像しています。

それと同時に、しゃべりたい気持ち、伝えたい気持ちも、だいぶ強くなっているように思います。
人のそばで声出しをして、気持ちを引こうとすることが多いので、それを奇声ではなく、できるかぎり、人に通じる言葉として発してくれればと思うのですが、本人のコントロールがうまくいかないようです。


それで、いままで以上に、言葉の練習を増やしてみることにしました。

机上に向かっての勉強をしても、日常で使える言葉は、なかなか増えてくれません。
なので、生活のなかで、息子の気持ちが向いているものがあれば、それをそくざにメモ帳に書いて、文字化して見せることにしました。

いままでも、何度か試みていましたが、なかなか私に余裕がなく、続きませんでした。

学校を卒業しましたので、朝、施設に出かけるまで、小一時間ほど、息子と一緒にゆっくりできますので、言葉の練習の時間に当てようと思います。

今日は、施設に出る時間をとても気にしていたので、メモ帳に、


「出かける時間」

「まっています」

と書いて、何度も一緒に読んだり、フラッシュカードの勉強のときのように、繰り返し見せて、読んでもらったりしました。繰り返すうちに、意味に合点がいったようで、うれしそうにしていました。

こうした練習をたくさんすると、息子はその言葉を使いやすくなるので、自発的な発語につながるのではないかと、期待しています。


2016年4月16日土曜日

過去日記の再掲載

息子(十八歳・重い知的障害と自閉傾向を伴う広汎性発達障害)が、まだ幼児だったころ、ホームページを作って、日々の成長記録を書いていたことがありました。

最近、パソコンを買い換えて、古いデータを外付けハードディスクに移動する作業をしていたら、そのころのテキストデータがたくさん出てきました。久しく読み返していなかったため、忘れていたこともたくさんありました。

このまま埋もれさせておくのもさみしいので、少しづつ、こちらのブログに、当時の日付のまま、再掲載してみようと思います。


2002年6月18日火曜日 「またしても、いろいろ」







2002年6月24日月曜日「言葉の記録・おおきい」


2002年6月25日火曜日【過去日記】愛着・密着・シャイな主張 

きのうの息子

昨日のこと。
午後三時半、いつものように施設に迎えに行ったら、息子(十八歳・重度の広汎性発達障害)の様子が、いつもと少し違っていました。

ニコニコしてはいるけれど、疲労感に、若干のいらだちが混じった表情。


昨日は、かなり長いお散歩に出たようでした。
行き先は、市内のスポーツセンター。
息子が、小学校の支援学級在籍のころに、毎年、持久走大会で走ったトラックのあるところです。

そこで、走ることはしなかったようですけども、ゆっくり歩いて、散策を楽しんだとのこと。

はじめてのお出かけパターンだったので、緊張したのでしょう。

それと、昨日は、介護のほうの利用者さんがずいぶん多かったみたいなので、お部屋がだいぶ賑やかだったかもしれません。

帰りの車で、私に向かって、少し強い声を上げたり、顔に強く息を吹きかけるような動作が出ていました。


なにしろ、この四月に入ったばかりの施設です。
予定の見通しが立たないところに、環境の変化がいくつか重なって、ストレスになったかなと想像しました。

帰宅後、息子はすぐにお風呂に入りたがり、かなり長く入浴していました。
その間、ちょっとチックのような、頻繁な声出しも出ていました。

落ち着くまでに、ざっと二時間ほど、かかったでしょうか。

就寝時間には、表情もやわらいで、穏やかになっていました。



慣れてくれば、多少の変化があっても、ストレスをためずに対応できるようになってくれると思います。それまでは、地道に、生活の経験を積みながら、見守っていくことになるでしょう。










2016年4月14日木曜日

息子の作文

息子(18歳・自閉傾向のある重度の広汎性発達障害)は,会話はほとんどできないけれど,文字を書くことはできる。

ひらがな,カタカナ,少しの漢字。

書くことはとても好きで,漢字の練習をしていると,少し気持ちが荒れてパニックになりそうなときでも,落ち着くことができる。

絵を描いたり,手芸をしたりというスキルも,多少はあるけれど,文字を書くことほど,夢中にはならない。療育で練習する「義務」として,とらえているフシがある。


息子の,これからの長い人生に,どんな余暇の過ごし方を提案すればいいのか,いろいろ考えつづけて,結局のところ,文字を書くことがいいのではないかと思いはじめている。


今日は,施設から帰ったあと,一通りの勉強をしてから,自由に作文をしてもらった。

少しだけ,単語を伝えて促して,自由に書いてもらう形式。


そしたら,こんな文を書いた。



すわる

いっしょにすわる

ぼくはおとうさんといっしょに

おべんとうをたべる

おとうさんと

すわる

おかあさん

むかしから すわる



私が提示したのは「おべんとう」という単語だけ。
そこから,これだけの文を,自分で考えて書いた。



しばらく続けて,どんな文が生まれるか,見ていきたいと思う。




障害年金について

この本が届きました。

「障害年金というチャンス」
岩崎眞弓・白石美佐子・中川洋子・中辻優・長野加寿美…共著 中村宏…監修
三五館


息子(18歳・重い知的障害・自閉傾向強し)がこの年金をもらうために、どんな手続きが必要なのか、そもそももらえるのかどうか…きちんと知っておきたいことが、山のようにあります。


巻末を開くと、「障害認定基準」をまとめた表がありました。
そこを順番に見ていくと、息子が該当しそうな項目が見つかります。



【発達障害】

point
発達障害とは、自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、脳機能障害であって症状が通常低年齢に発症するといわれています。

1級…社会性やコミュニケーション能力が欠如しており、かつ、著しく不適応な行動がみられるため、日常生活への適応が困難で常時援助を必要とするもの

2級…社会性やコミュニケーション能力が乏しく、かつ、不適応な行動が見られるため、日常生活への適応にあたって援助が必要なもの

3級…社会性やコミュニケーション能力が不十分で、かつ、社会行動に問題が見られるため、労働が著しい制限をうけるもの



長い年月、息子の成長を願いながら育ててきた親として、とても苦しいものがありますけれども、客観的に見れば、1級相当なかな、と思います。

息子は、文字の読み書きができ、若干の言葉は出ますけれども、対話、会話が出来ません。
生活は、常に、誰かが見ている必要があります。

私は、息子を一人留守番させて出かけることは、絶対にできません。
玄関から外に出てしまったら、たいへんなことになります。
ベランダに一人で出て、落ちてしまう可能性もあります(過去にたいへん危険な状況になったこともありました)。

家の中で、集団のなかで、危険な行為や、他人に外を及ぼすような行為をしないように、根気よく教え続けて、穏やかな暮らしが可能な人になっていますけれども、食事、衛生、物品の扱いなど、すべてを含めて、自分の身を守るためのスキルは、ほとんど持っていません。



この「障害認定基準」の表をみて、息子には、この年金をいただく資格はあるようだなと確認できたことは、年金というものを知る上での、第一歩となりました。



先の道のりは、まだまだ、遠いような気がしますが、なんとか歩いてみます。















2016年4月12日火曜日

親なきあと

息子(18歳・自閉傾向のかなり強い広汎性発達障害)の、将来のことを考えるために、少し本を集めて、読もうとしています。

いま読んでいるのは、この本。


渡部伸 著

障害のある子の家族が知っておきたい「親なきあと」―お金の管理 住むところ 日常のケア

主婦の友社



最初のほうに、こんなお話がありました。



「きょうれんさん(旧・共同作業所全国連絡会)」の調査によれば、40代の知的障害者のうち、半数を超えるかたがいまだに親と同居しています。また、50代前半でも3割を超えています。子どもが50代ということは、親は70~80代以上になっているでしょう。年老いた親の肉体的、精神的負担はいかばかりかと思います。ほんとうに厳しい現実があると痛感しています。
(Kindle版からの引用)



ああ、そうなんだなあと、改めて思いました。

息子が50歳になるとき、私は、83歳です。
頑健な人間ではなく、持病も複数ありますので、正直、生きている可能性は、あまり高くなかろうと思います( ̄ー ̄;)。


いま、まだこうして元気でいられるうちに、息子を含めた三人のわが子のために、できることが、きっとたくさんあるはず。

それをきちんとするために、今年は、ここに書きながら、いろいろ勉強しようと思っています。



支援学校卒業後の、息子の生活


今日の活動






息子、今日は介護施設で、漢字の練習と、作文、ぬりえをしたとのこと。

それから、散歩に出たり、エアバイクを漕いだりしたとも、施設からの連絡帳に書いてありました。


施設での活動が終わったあとは、行動援護サービスで、余暇を見てもらいました。
ショッピングセンターの中を散策したり、公園でブランコをこいだりしていたそうです。





特別支援学校を卒業して、まだ一か月にもなりません。

生活のサイクルが見えてこないために、不安定になることもあるけれど、少しづつ、自分の役割を覚えて、充実感を見つけていってくれるといいなと思います。


施設でも、もっと活動のバリエーションを増やせるといいなと思うので、いろいろ相談しながら、準備してみようと思っています。




2016年4月9日土曜日

自閉症の子が見ている世界を再現した動画


10歳以前の息子も、たぶん、こんな世界で過ごしていたと思います。

         Can you make it to the end?




電車は好きなのに、駅の雑踏やアナウンス音が苦手で、駅の方向に歩こうとしただけでパニックになっていた時期がありました。


スーパーの買い物も、6歳くらいまでは、とても無理でした。



息子の場合は、10歳を過ぎたころから、外出先での環境に対して、少しづつ順応しやすくなっていきました。同じ時期に、極端な偏食もおさまって行きましたので、何らかの理由で、全身的な感覚過敏が、和らいだのかもしれません。



つらいまま大きくなっていく子も、たぶん少なくないのだと思います。
こうした動画が知られていくことで、周囲の理解が深まっていくことを願います。




四月九日

穏やかな空模様。

息子(18才・自閉傾向のある広汎性発達障害。かなり重度)は、今日は福祉サービスを使っての、外出の予定。

通所している介護施設は、土曜日なのでお休み。
そちらでの生活には、だいぶ慣れてきたようで、職員さんたちに遊んでほしくて、いろいろ甘えたり、ちょっかいかけたりも、している様子。すこーし、退屈なのかもしれません。

自分のすることが、いろいろできてくると、もう少し落ち着いてくるのではないかと思います。
なにか、作業っぽいものを用意して、施設にもお願いして、やらせてもらえるよう、頼んでみるつもりです。


どんな作業を用意するのがいいか、いろいろ考えてみます。
息子のできることは、限られていますので、バリエーションを作るのが難しいのです。

療育教室では、長年、刺繍や編み物を練習してきていますが、それほど好きなわけではありません。

刺繍は、マンツーマンで指導者がついていない状態では、針の管理が難しいので、保留。

編み物は、巨大なリリアン機械を、教室のほうで作っていただいて(割り箸とペットボトルを使用)、それで長い筒状のものを編んでいましたが、作業に集中できるのは、たぶん十分ほどです。


絵も、あまり好きではありません。自分の発想で自由に描くということが難しく、手本の図形を模写することが中心になってしまいます。それでもいいのですが、やはり短時間で飽きてしまいます。


小さいころから、余暇活動の充実を考えて、いろいろ努力してきたのですが、やはり難しいところがあります。まだまだいろいろ模索して、本人が楽しんで、長時間継続できるような活動を見つけてやりたいです。





自宅では、今朝は五時くらいから起きて、洗濯物を干していてくれました。

そのあと、音の出る学習教材……妹が赤ペン先生でもらったものを持ってきて、

「電池、ない!」

と何度も連呼して、親を叩き起してくれました。電池はまだ残っていて、音も出るのですが、すこーし弱っているようで、耳のいい息子には、その音質の劣化がつらいのです。

電池を入れ替えて渡すと、それだけで満足したようで、そのあとは布団をかぶって、くつろいでいました。



2016年4月8日金曜日

四月八日…作文

息子(18才・自閉傾向のある重度の広汎性発達障害)の、施設通所は、今日で六日目。

メインの活動は、持参しているジャポニカ学習帳で、漢字を練習したり、作文を書いたりすること。


昨日は、ページいっぱいに、こんなことを書いていました。








文字の読み書きは好きだけれど、それがなかなかコミュニケーションにつながっていかないのが、息子の問題です。

日記も毎日つけていますが、九割ほどは、私が言ったことを書きとる、口述筆記式です。
自分の言葉で、自分の書きたいことを書くということが、めったにありません。


ですので、「メロンすきです。」は、息子にしては超めずらしい、「自分の言葉」だと思います。



お誕生日には、ケーキではなく、メロンを奮発しようかと思います。

2016年4月7日木曜日

四月七日…お手伝い

息子(18歳・自閉傾向のある広汎性発達障害で、会話は困難)、今朝も早起きしたようです。

たぶん、五時には起きて、洗いあがっていた洗濯物をきっちり干して、天気を確認したら雨降りっぽいから、室内干しにして、それからゲームソフトやDVDを見ようかどうしようか迷ったあげく、結局見ずに、窓の外をながめながら、うたたねして、家族が起きだしてくるのを待っていたようでした。


今日もこれから、施設通所です。


昨日は、午前、午後と、持参したノートに漢字を書いたり、簡単な作文をしたりして過ごしていたようでした。

職員さんと一緒に、エプロンを干したり、台拭きをしたりすることも、あるようです。

楽しそうに通っていますけれども、ときおり、とまどいの表情も見えます。
職員さんたちには、とてもよくしていただいていますが、まだ、自分の役割や、位置づけみたいなものを、つかみかねているのかなと想像します。


介護で通所している方々は、年齢もタイプも、まちまちで、まだ交流らしい交流はなく、名前を呼んでくれる仲間も、まだ、いないようです。

支援学校時代は、多くの友達に囲まれて、毎日たくさん名前を呼ばれて、かかわりもたくさんある生活でした。朝、昇降口に送り届けると、すぐに「○○! おはよう!」と声がかかり、親しいクラスメートたちに、肩を抱きかかえられるようにして歓迎されながら、教室に上がっていきました。

そんな暮らしから卒業して、いまは、ちょっと寂しく感じたり、戸惑ったりしているかもしれません。
緊張もあるのでしょう。帰宅すると、お昼寝するようになりました。以前はあまり、なかったことです。


自分の居場所と思えるようになる日が、早くきてくれるといいなと、願っています。




2016年4月6日水曜日

四月六日

息子(18歳・自閉傾向のある広汎性発達障害。だいぶ重い)の、施設通所が始まって、今日で四日目になります。


昨日は、職員さんたちのお手伝いで、洗ったエプロンを干す作業をしたとのこと。

洗濯物を干すことは、息子にとっては、もう何年も、家事の割り当てになっています。

朝五時くらいに、全自動の洗濯機が洗濯物を終えるので、それを一人で干してくれます。

ひととおり、できるようになるまでに、何年も、かかりました。


小学校のころは、洗濯物に対して、奇妙なこだわりを持っていました。



「ベランダに洗濯ものが干してあれば、晴れる」



そう思い込んでいたようで、低気圧がやってくると、どんなに止めても、必死の形相で、物干しざおにタオルを干そうとしていました。

当時、息子は台風が大嫌いで、とくに接近中は、パニックになることが多かったのです。
小学校の支援学級時代には、それで親が呼び出されたことも、ありました。

低気圧が来ると体調を崩すという方が、大人にもかなりいらっしゃると思いますが、息子を見ていると、たしかにつらそうで、体のなかで何かが起きているのだろうなと察せられました。


成長するにつれて、低気圧が引き金になるパニックは、あまり起こさなくなってきましたけれども、洗濯物に対するこだわりは残りましたので、干すことを教えようと思い立ちました。

これは、息子にとっては、なかなか大変な学習でした。
洗濯バサミをつかうというのは、何気ない動作のようですが、よくよく観察すると、かなり複雑な手の操作を求められる作業なのです。右手と左手で、まったく別々の動作をするということが、当時の息子には、大変なことでした。指の力の弱さを克服するのも、大きな課題でした。


いまでは、まだ洗っていないものまで干してしまうほど、干すことが得意になりました。

干さなくてもいいものは干さない、ということを覚えるのが、目下の課題です。








2016年4月5日火曜日

四月五日

息子(18歳、自閉症)は、今日も元気に施設に行きました。

自閉症、と書いていますが、三歳のころ、病院で診断されたときには、「自閉傾向のある広汎性発達障害」と言われています。

当時見てくださった、心理の先生には、

「自閉症というには、感情がだいぶゆたか。将来的には、細い細い管を通すようにして、人とコミュニケーションをとり、気持ちを通じ合わせながら、成長していくのではないか」

というような言葉をいただいたこともあります。

おおむね、その通りに育ったのではないかと思います。


そのときの病院に、ずっと通い続けていれば、いまもその先生とやりとりできたのだろうと思いますが、そのころ、私が大病してしまい、体力も落としてしまって、いろいろなことの継続が難しくなってしまいました。



息子が18歳という年齢になって思うのは、幼児期からの成長過程を通して見てくれている方とのつながりが、ほんとうに大切で、かけがえのないものだということです。

学校を出てしまい、地域社会でのつながりも薄く、ホームドクターを持たなかった息子にとって、それに相当する存在は、幼児期から通っている、民間の療育教室の先生方だけとなっています。

療育は、可能な限り続けていくつもりですが、これから先の、息子の長い人生を見守ってくれる方々と出会うためにも、少しづつ、外とのつながりを増やしていかなくてはいけないなと、思っています。










2016年4月4日月曜日

移動支援と、行動援護について……

息子(18歳・自閉症)が受けている福祉サービスは、たぶん、こんな感じです……


  • 行動援護
  • 移動支援
  • 生活介護
  • 生活サポート

たぶん……という、心もとない書き方になるのは、正直なところ、どのサービスがどこの管轄のどんな内容のものであるのか、正確には把握しきれていないからです。情けないですが、ほんとにわかりにくいんです。(;´Д`)


息子は、これまで「移動支援」サービスを使って、休日の余暇活動企画に参加させていただいたり、放課後の活動をさせていただいたり、していました。「移動支援」サービスは、自治体の裁量で行われる事業であるため、障害の重さなどを条件に、サービスの制限がかかることは、ありませんでした。

ところが、「移動支援」についての自治体の方針の変更があり、ヘルパーさんに支払われる賃金が、かなり切り下げられてしまったため、お世話になっている事業所さんが、このサービスの提供を断念せざるをえなくなりました。


そのときに、自治体の福祉課に、考え直しをお願いする要望を出すなどして相談をしたところ、「移動支援から、「行動援護」に切り替えれば、これまで通りの余暇活動が可能になるから」とのことで、そちらのサービスを受けることにしました。事業所さんも、「行動援護」を提供する資格を取得され、この四月から、それでお世話になっています。いれかわりに、「移動支援」の利用は、なくなりました。

ただ、この「行動援護」というサービス、利用者の障害程度区分に制限があるとのことで、かなり障害が重くないと、利用の許可がでないとのことでした。

厚生労働省のサイトでは、次のように規定が書かれています。

知的障害又は精神障害により行動上著しい困難を有する障害者等であって常時介護を要する者で、障害程度区分が区分3以上であり、障害程度区分の認定調査項目のうち行動関連項目(11項目)等の合計点数が8点以上(障害児にあってはこれに相当する心身の状態)である者

 息子は、この条件に合致しておりますので、「行動援護」サービスの利用が可能でした。

 けれども、これまで「移動支援」を利用して余暇活動をしていたお子さんのなかには、条件があわずに(つまり障害が「軽い」とみなされ)、移行ができなかった方々もいると聞いています。作業所でのお仕事は、だいたい午後三時半くらいで終わり、土日はお休みですが、息子よりも障害の軽い方々のなかには、その間の余暇活動に、福祉のサービスを使えなくなる事例がでてくるわけです。

自立して外出のできない障害者にとって、外出の支援は、生活のクオリティを大きく左右するものです。

いまは「行動援護」のサービスを受けられる息子も、「移動支援」の時のように、財政難等を理由に福祉行政の方針が変わってしまって、事業所さんの事業の継続が難しくなってしまう日が、いずれ来ないとも限りません。

親にできることは限られていますが、いまは、使えるサービスをしっかり利用させていただきながら、まだまだ若い息子の、心身の育ちを支えてやるしかないなと思っています。










四月四日

雨降り。

息子(18歳・自閉症)、朝の五時前に起きていたらしい。

日課になっている洗濯物干しをしてくれていたのだけれど、どれもまだ洗剤がたっぷりついていて、刺激臭が目にしみる勢いだった(;▽;。

たぶん、早起きしすぎて、洗濯機が洗濯を終えていなかったため、わざわざ回転を止めて、途中で干してしまったのだと思う。

ときどき、こういうことがある。
洗濯を完遂することよりも、干すことを完遂するほうが、息子にとっては一大事なのだろう。

なんとかして、考えを変えてもらわないと(;´Д`)。



今日も施設の介護通所。平日は毎日通うことになる。

雨降りだから、今日はお散歩はなさそう。




2016年4月3日日曜日

今日の勉強

息子(18歳・相当重い自閉症)は、高校は卒業したけれど、勉強の時間は、ずっと確保しようと思っています。

幼児期から続け来てきた療育教室は、本来であれば、高校卒業時で終了ですが、ゆるい頻度で継続をお願いすることにしました。


今後の療育の目的は、言葉やコミュニケーションの力を少しでも増やしていくことと、身辺自立のスキルを高めること。そして、余暇の時間を豊かにすごせるようになること。



さて、今日の自宅での勉強内容は、こんな感じでした。


  • 漢字の練習……小学校三年生くらいで習う熟語を練習しています。


大好きな学習です。字を書いていると、とても気持ちが落ち着くようです。


  • 簡単な作文の練習


毎日、日記帳をつけています。おもに私が作った文章を聞きとって書いていますが、ときおり、自分の言葉が出てくることもあります。


  • とけたの足し算を、ずはやく正確に回答する練習


数量の概念があるのかどうかは、いまひとつあいまいなところですが、計算問題を解くことは、ほんとうに早くなりました。でも集中力が落ちると、一つ先の式の答えを書いてしまったりします。注意力を維持する練習になっていると思います。



いつか、一人で日記を書いたり、手紙を書いたりできるようになるといいなと、願っています。



四月三日…体験の共有、共感

朝から曇り空。
今日も花冷えでしょうか。

息子(18歳・質量ともに重量級自閉症)の週末は、福祉事務所の支援外出のおかげで、充実したものだったようです。

外出では、他県のショッピングセンターや、公園、博物館などに連れていってもらっています。海辺の散策や、果物狩りの日もあります。家族五人のなかで、一番行動範囲が広いのは、たぶん息子です。

たくさんの経験や、楽しい思い出を、息子は言葉で伝えることができません。
記憶力はとても強くて、消えることがないようなのですが、その豊かさを、家族や親しい人と共有できないのは、寂しいことだと思います。


共有することを喜ぶ力が、息子のなかに、どれほど育っているのかも、わからない部分があります。「いっしょになにかをしよう」と誘うことが、息子にはまずありませんし、伝えようとする行為自体、とても少ないからです。


ともに暮らし、過ごすのに、気持ちや体験の共有が難しいということは、お互いにとって、さみしいことです。


どうしたら、共有、共感する力が育っていくのか。

手さぐりですが、いろいろなことを一緒にしながら、これからも考えていく必要があると思っています。






2016年4月2日土曜日

メモ日記

最近見た動画の備忘録など。




なんだかよくわからずに見て、楽しかったので、調べたみたら、オーストラリアの女性コメディアンたちなのだそうだ。


ファッションや動きを変えただけで、「うわあ、古っ」と言いたくなるくらい時代をさかのぼってしまうのがすごい。



それにしても、70年代、80年代なんて、ついこの間のことだと感じるのに、当時の音楽や動画に触れると、いまの時代との隔たりに、びっくりしてしまう。



ヴァン・ヘイレンのJUMPは、1984年の曲だったらしい。

たしかにその頃、聞いている。







いま聞いても、元気のでるいい曲だと思うけれど、やっぱり前世紀の曲だなあと感じるのは、なぜなのか。


すっかりおじいさんになっちゃっている今の顔を知ってるから、というのもあるのかな…。
エドワード・ヴァン・ヘイレン、あんなに甘いマスクだったのに、赤塚不二夫のダメおやじみたいなおじいちゃんになっちゃってたし…。それはそれで、かわいいかもしれないけども。



もちろん、私もまったく人のことはいえません。
先日、電車ではじめて、若い人に席をゆずられて、いろんな意味で感動しました。(´・ω・`)。










四月二日・介護と就労継続支援のこと

息子(十八歳・かなり重い自閉症)の、介護施設通所の初日、無事に終わりました。

息子は、生活介護の枠で入所しました。
朝九時に、私が車で送り届け、午後三時半に迎えに行きます。
お弁当は、施設経由で仕出しを頼みます。一食、500円未満。

一日のカリキュラムというものは、とくに決まっていないようで、その日の通所の方々の様子をみながら、いろいろなことをする感じのようです。

昨日は、午後から近所に散歩に出て、満開の桜を見物したとのこと。


介護で通所している方々には体の不自由な方も多いためか、ほんとうに、ゆったりとしたペースでの生活になるようでした。

作業なども特になく、テレビをみたり、ぬり絵などの娯楽をしたり…。

……これでは、息子、そのうち飽きるだろうなと、思いました。

息子は知的な障害は重いですが、体は人一倍元気で、力もあります。
学校では毎日のようにトレーニングでグラウンドを走っていました。支援事務所の学童でも、ルームランナーを小一時間走るのが日課になっていたと聞きます。

勉強も好きです。言葉はとても遅れていますが、文字の読み書きには、息子なりに自信を持っています。


施設の方々と相談して、息子らしく暮らせるように、「できること」「やること」を作っていく必要があるなと思いました。


とりあえず、勉強道具のようなものを用意して、息子が施設で一人で自習できるよう、工夫してみようと思っています。



同じ施設には、就労継続支援B型の方々も通所しています。ほとんどが、息子の同窓生たちです。
彼らも昨日から通所がはじまり、作業の指導を受けていたようです。


息子は、今年一年は介護で通所しながら、B型に移行できるかどうか、考えていくことになっています。


息子が高校に入ったばかりのころ、この、就労支援B型とかA型とかいうのが、よくわからなくて、ネットでいろいろと調べたものでした。

とりあえず、厚生労働省のサイトに、このように説明があります。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/shurou.html


就労継続支援B型事業
通常の事業所に採用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労の困難な者に対して、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行う。(利用期限・制限なし)

就労の難しい、息子のような子にとっては、ありがたい事業であります。

……にしても、すごい文章ですね、これ。お役所的、というのでしょうか。


「~困難であり~困難な者に対して~の機会の提供および~その他の~の機会の提供~及び~その他の必要の支援を行う」



ラップにして歌いたくなります。( ̄ー ̄;)


雇用契約を結ぶと、下の一覧にあるような最低賃金を保障されます。

地域別最低賃金の全国一覧……厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/


けれども、障害が重いと、これだけの賃金をもらえるようなお仕事をすることが難しいので、就労支援を受ける…というふうに、私は理解しています。


で、息子のように、さらに障害が重いと、就労支援ではなく、支援学校で、介護での通所を勧められる、というわけです。


このことの経緯については、また機会をあらためて、整理して書いてみようと思います。














2016年4月1日金曜日

四月一日・通所初日

今日から、息子の施設の介護通所がはじまります。
九時までに通所。うちから車で十分ほどなので、余裕をもって朝の支度ができます。

準備するものは、ハブラシ、着替え、上履き。
連絡帳は、支援学校時代の連絡袋に入れました。
どれも、息子が長年使い慣れたものです。


どんな暮らしになるのか、まだわかりません。

親は、不安が大きいです。

けれども息子は、ものすごくワクワクしているようです。
基本的に、新しいことが、大好きなのです。


気持ちが不安定になるのは、

「自分ではこうなるはずだと思っていた予定や予想が、はずれてしまったとき」

ですので、大変になるのは、これからだろうと思います。


さて、そろそろ準備して、でかけます。