2017年1月31日火曜日

あだきち君と選挙(重い知的障害のある家族が選挙に行くということ)



あだきち君は19歳なので、選挙権があります。


これまであった選挙では、必ず投票してきました。これからも、可能な限り、家族と一緒に投票してもらうつもりです。


どの候補者に投票するかは、あだきち君に、おまかせです。
親が指示することは、していません。

ですので、ある意味、あだきち君自身の「直感」で、選んでもらっていることになります。


「選挙」の意味は、おそらくわかっていないだろうと思います。

ちゃんと候補者の名前を書くこともあれば、関係のない名前を書いてしまうこともあります。


(__).。oO


あだきち君が、このような形で投票に参加することに、意味があるかどうかは、私にはわかりません。


でも、投票のお知らせが届いて、投票の権利をもらっているのだから、「投票していい」ことは、間違い有りません。



選挙には、これからも可能な限り、一緒に参加するつもりです。


もしも、そのことに異議をとなえる声があるなら、逆に問うてみたいです。



「なぜ、重度の知的障害者が、選挙に参加してはいけないんですか?」 と。




知的障害が「ない」はずの人々が選んだ候補者が、本当に望ましい、選ばれるべき人であるかどうかなんて、わからないじゃないですか。 (´・ω・`)




(__).。oO



あだきち君は、単語を覚えて書くことができますし、見て書き写すこともできますから、「この人に投票してね」とお願いすることは、可能です。


でも、我が家では、それは極力やらないだろうと思います。


ただ、どーーーーーしても、この人にだけは、入れてほしくないという候補者さんがいるときには、わかりません。

たとえば、


「知的障害者に人格あるのかね?」
「安楽死も視野にいれては」
「税金の無駄でしょう」


みたいなことを公言して、なんとも思わないような人が候補者の中に入っていたら、考えるだろうと思います。



そんな人が政治家を志そうと思わないことを、心から願います。















読書メモ・サックス博士の本


ひさびさに、サックス博士の本を開いています。





いまはKindle版も出ているようですが、手元にあるのはサックス・コレクションのハードカバー版です。付箋がいっぱいはさんであります。

「本を書くとき一番最後にきめることは、最初に何を書くかである」とパスカルは言った。私は如何に見られるような奇妙な話をいつくも書いて、整理して、順にならべおえた。表題もきめたし、エピグラフも二つ選んだ。いまやなすべきことは、いったい私は何をしたのか、そしてなぜしたのかということを、とくと考えてみることである。 
 二つのエピグラフ、それも全く対照的なエピグラフは、私の中にある二面性に通じるものがある。アイヴィ・マッケンジーのことばのなかでは、医者と自然科学者は対照的なものとされているが、私は、自分が自然科学者と医者との両方であると感じている。病気と人々との両方に、同じように関心を持っている。また、適当でない言い方かもしれないが、私は理論をあつかう人間であり劇作家でもある、と思っている。科学にもロマンチックなものにも同じように引かれており、その両者を、人間をとりまく条件のなかに、とりわけ病気(シックネス)のなかに、たえず見てきている。(病気こそは、人間の条件のうちの最たるものと言えるだろう。なぜならば、動物でも疾病(デイジーズ)にはかかるけれど、病気(シックネス)におちいるのは人間だけなのだから)、

オリバー・サックス「妻と帽子をまちがえた男」11頁


サックス博士が選んだエピグラフは、次の二つです。


病気について語ること、それは『千夜一夜物語』のようなものだ。
 ウィリアム・オスラー

自然科学者とちがって医者が問題にするのは、一個の生命体、すなわち逆境のなかで自己のアイデンティティを守り抜こうとする個人としての人間である。
  アイヴィ・マッケンジー



最初に読んだのは、十五年ほど前になります。育児の最中によく読めたと思うぐらい、自閉症や発達障害に関する書籍を集めて読みました。その大半は処分しましたが、サックス博士の本は、いまも残してあります。

あだきち君の療育に役立てようとして買った本や、脳の問題や障害についての知識を得ようとして取り寄せた本は、時がたつにつれて必要度が下がりましたが、サックス博士の文章には、生きている限り鮮度の落ちることのない魅力があります。

「病気こそは、人間の条件のうちの最たるもの」と言い切る博士が見て描く「人間」は、まさに病気とともにあります。病気や障害が、治るか治らないか、回復するのかしないのか、どうすればいいのかといったことに翻弄されていては分からなくなってしまうことがあるのを、教えてくれる本だと思います。





2017年1月28日土曜日

松葉杖の人・相模原のこと・あだきち君




家の前を横切っていった人(あねぞうさん画)



上の絵は、現実にあねぞうさんが目撃した人を描いてみたとのこと。


羽織ったコートの袖口だか裾だかから、武器のようなものがチラリと見えていたそうですが・・・



松葉杖じゃないですかね。(´・ω・`)


 引用元 Amazon




確かに、先の方だけ見ると、ちょっと戦闘用の装備品のようなイメージが、なくもないですね。





(__).。oO


NHKのホームページに、相模原やまゆり園の事件についての記事が掲載されていると、Twitterで知りました。




 

19のいのち 障害者殺傷事件




亡くなってしまった方々を、やさしいイラストと、世話をされていた職員さんたちの言葉で、伝えています。



見ていて・・・


なんともいえない、やりきれない思いに駆られました。



亡くなってからではなく、もっとずっと前から、こういう暮らし、こういう人生、こういう共生、支え合いが、社会の中に存在していること、それか、たしかに価値あるものであることを、真摯に伝える努力があれば、あのような犯行と、それに共感を寄せるような多くの言葉は、生まれずに済んだのではないかと思えたからです。





大きな力を持つマスコミの方々は、こうしたネガティブで凄惨な事件がないと、なかなかこんな記事を作ってくれません。



そう思うと、こんな小さなブログで、あだきち君の日常を書き続けることにも、意味があるのではないかと思えてきます。

あだきち君のように、自分では気持ちを外に発しにくい障害をもった人たちが、穏やかに暮らしていける世の中であることを願って、これからも書きつづけようと思います。






(__).。oO


あだきち君は、世話をしてくれる方々や、学校の先生がたに、ずっと「やさしい子」だと、言われつづけています。


やさしい人だと、家族の私も思います。


争いごとが嫌いで、学校時代には、クラスで先生に𠮟られている子がいると、間に割って入って、


「ごめんなさい!」


と謝っていたそうです。


家族が厳しい口調で会話しているだけで、もしかしたら喧嘩かもしれないと、不安になってしまうのか、


「おやすみ! おしまい!」


と言います。それで、あだきち君のいるところでは、穏やかに会話するようになりました。


私が体調を崩して寝込んでいたりすると、そばにずっといてくれたりします。特に何かしてくれるわけでなくても、しずかに、寄り添ってくれるあだきち君の様子に、心があたたかくなります。



あだきち君のおかげで、助かったことや、気づかされたこと、救われたことも、出会ったことも、たくさんあります。


あだきち君は、なくてはならない、かけがえのない人です。



誰かにとって、かけがえのない人であることは、その誰かを幸せにする存在だということでもあります。


うちの家族は、あだきち君といっしょにいることで、元気に暮らしています。

私たちが社会に貢献できる存在であるとするなら、それは、あだきち君の存在があるからこそだと言えます。


おとーさんは毎日がんばって働いていますし、あねぞうさんや、ほげ子さんも、これから世の中に出て、活躍していくことでしょう。





誰かの存在を、無駄だ、生きている意味がないと決めてしまう方に、聞いてみたいです。


あなたの存在は、あなた以外の誰を支え、誰を生かしていますか?





















2017年1月26日木曜日

あだきち君と色彩の理解




平日の朝は、だいたいこんな感じです。



午前五時  あだきち君起床。居間テレビをつけて、カーテンをあけて、活動開始。


午前五時過ぎ  あだきち君の気配で、おかーさん起床。


午前七時 家中の目覚まし時計や端末がモーニングコール開始。おとーさん、あねぞうさん起床。


  ・洗濯物干し
  ・ゴミだし
  ・ほげ子さんをたたき起こす。
  ・朝ご飯


午前七時五十分  ほげ子さん登校。

  ・あだきち君、朝の勉強、日記記入
  ・おかーさん、在宅仕事をちょっとやったり、ブログ書いたり
  ・あねぞうさん、絵を描いたりネットを見たり
  ・おとーさん、書斎で仕事

午前九時過ぎ  あだきち君とおかーさん、介護施設にGO!





というわけで、いろいろ片付いたところでパソコン前に移動したのですが、食卓に、飲みかけのコーヒーを置き忘れてきてしまったので、あだきち君に持ってきてもらおうと、声をかけました。


「コーヒー、こっちに持ってきて~」


ところが、あだきち君は、コーヒーの入っていないカップを持ってこようとします。


「あ、それじゃなくて、茶色いコップ。コーヒーが入ってるやつ」


あだきち君、考え込んでから、カラのペットボトルを持ってこようとしました。


「んー、ちがう。コップ。茶色いの。茶色」


あだきち君のすぐそばに、コーヒーの入った茶色いマグカップがあるのですが、あだきち君の視線は、そこを完全にスルーしています。


あだきち君、どうも、茶色と言われても、ピンとこない様子。

色の名前は、学校でも療育でも、いろいろな方法で学習してきていますので、だいたい知っているはずなのですが、私のマグカップは、黒に近いこげ茶なので、もしかたら茶色と思わないのかもしれません。





おかーさんの茶色いカップ(あねぞうさん画)




そこで、

「黒いカップだよ。そこにあるでしょ」


と言ってみたのですが、今度は、食卓であねぞうさんが使っていた、iPadを取り上げて持ってこようとしました。


あだきち君は、iPadのことを「くろ」といいます。電源が落ちているときの画面の色が、黒だから、そうなってしまったようでした。



「いやいや、それコップじゃないよ。コップを持ってきて」



と言うと、また別のコップに手をかけています。


言葉の指示では、どうしても、「おかーさんの茶色いコップ」は、あだきち君の意識に入らないようでしたので、近くにいたあねぞうさんに、指差ししてもらい、やっと気づいてもらえました。




考えてみると、生活の場にある「茶色」って、すごく幅が広いんですよね。


床も茶色、おとーさんのカバンも茶色、コーヒーも、紅茶も茶色。

でも、並べてみたら、ぜんぜん別の色といっていいくらい、ちがっています。


あだきち君は、茶色の把握に関して、混乱しているのかもしれません。


ちょっと教え方を考えてみようと思います。









2017年1月24日火曜日

18歳の「いっぽんばしこちょこちょ」


あねぞうさん画



上の絵は、あねぞうさんが目撃した、介護施設での一コマ。

あだきち君(真ん中)が、「いっぽんばし、こちょこちょ」の手遊びを、他の人におねだりしたところ、職員さん(左側)に後ろから止められて封じられたにもかかわらず、他の利用者さんたちが、寄り集まってきたために、全体として、ゴツいカタマリになったという場面だそうです。




幼児期に、障害児の通所施設でこの遊びを教えてもらって以来、かれこれ15年、あだきち君にとっては、他の人とコミュニケーションをとるための、大事な方法になっています。

スキンシップが、あまり得意ではなかった幼児期、とにかく体を使った遊びをたくさんしながら、くらしていました。

手遊びのほか、マッサージ、抱っこ、バスタオルやタオルケットを使ったタオルブランコなど、これでもかというほど、やりました。


その効果かどうか、あだきち君は、人に触れられることが、それほど苦手ではなくなったと思います。




小学校に上がってからは、気に入った人がいると、誰彼かまわず、「いっぽんばし!」と、おねだりしてしまうようになったので、無制限にやりつづけないように、止める方向で対応してきました。


体が大きくなってからは、ごく親しい人だけに、頼むようになっています。

あだきちくんは、通所施設の職員さんたちを心から信頼していますので、つい、過剰に「いっぽんばし」を求めてしまうことが、あるのかもしれません。近日中に、様子を聞いて、対応を相談しようと思います。



2017年1月21日土曜日

アメリカ



トランプ氏の息子さんであるバロン君が、自閉症ではないかとする動画を制作した人と、その動画をTwitterでシェアした、ロージー・オドネルさんというコメディアンの女性が、トランプ夫妻とバロン君に謝罪したとのこと。


トランプ氏息子は「自閉症?」 動画拡散したロージー・オドネル、夫人に謝罪
http://www.excite.co.jp/News/world_ent/20161202/Techinsight_20161202_324289.html



そのトランプさんは、無事に大統領に就任されたようですね。

テロやらなにやら、物騒な話がいろいろと出ていたようですが、何事もなくて、よかったです。
人が大勢傷ついたり、亡くなったりするような事件は、起きてほしくありません。見たくありません。


就任式の中継をリアルタイムでは見ませんでしたが、あとからニュースで録画映像を少し見ました。就任演説は邦訳された全文を読みました。



保護主義、というのでしょうか。

そりゃ大統領が自国民の利益を最優先するというのは、別におかしいことでもなんでもないのでしょうし、それを求める国民が多かったから、選挙で買ったのでしょうけれども、太平洋を隔てた他国から眺めていると、やはり不安にかられるものがあります。


こんな本、出てますしね。。。



米中もし戦わば 

ピーター ナヴァロ (著), 赤根 洋子 (翻訳)

 Amazonで見る



Amazonで、いまベストセラー1位らしいです。トランプ政策顧問が執筆という文字が、なんともいえない生々しさを伝えてきて、不安感を煽ります。

Kindle版も出ていて、2000円とのこと。
読んでみたい気もするけれど・・・



破壊、殺戮、片付けようもない憎悪を、肉眼で、間近にみることのない人生に感謝して暮らしてきましたが、いまの時代に、残りの人生も、できればそうあってほしいと願うのは、エゴにすぎないでしょうか。


現実に生活の場に破壊が及ぶようになれば、病気や障害のある家族を抱えている家庭がどうなるかは、地震などの大災害で、何度も明らかになっているのですから・・・・


せめて人為的に引き起こされる破壊だけは、回避してほしいです。






2017年1月19日木曜日

豆腐グラタンと家族の感想

クラシルのお料理動画に、すっかりハマッています。

昨晩は、これを作ってみました。



  • アツアツふわふわ豆腐グラタン
https://www.kurashiru.com/recipes/2bc0d32e-673b-4d26-aae2-a5717c699680



下は、我が家の完成品。

パイレックスの大皿で、四人分まとめて作りました。







材料

お豆腐
ブロッコリー

コンソメ顆粒
マヨネーズ
ミックスチーズ


作り方(自分の記憶用に短くまとめます)

ブロッコリーは下ゆでしておく。攪拌した卵にマヨネーズ、コンソメ、くずした豆腐を加えて、ざっくりクリーム状にしてからグラタン皿に投入し、ブロッコリーをならべた上にミックスチーズをのせて、オーブンでこんがり色づくまで焼いたら、できあがり。


家族の感想


あねぞうさん 「これは、湯豆腐だな」
ほげ子さん  「味が薄い。しかしこれはこれで、うまい」
あだきち君  「……(猛スピードで黙々と食べ続ける)」




豆腐の割合が多かったせいか、焼き上がり後、だいぶ水が出ました。

そのため、チーズの地層の下が、湯豆腐風に。

味が薄いと感じた人々は、マヨネーズをあとから足して食べていました。それで問題なかったとのこと。

豆腐愛が強いあだきち君は、めちゃめちゃ気に入ったようで、ひたすら食べてくれました。



2017年1月18日水曜日

トランプ氏の息子さんと、自閉症の話題・・・





トランプ一家(あねぞうさん画)





ネットニュースを眺めていたら、不思議なニュースが目に入りました

ドナルド・トランプ妻 YouTube動画「バロン君は自閉症か」制作者に激怒
http://www.excite.co.jp/News/world_ent/20161129/Techinsight_20161129_323239.html



ざっと、記事を読んだところ、バロン君ではなく、動画の制作者が自閉症スペクトラムなのだとか。

制作者には、バロン君をいじめたり、中傷したりする意図はなく、むしろ、ソーシャルメディアで、バロン君を叩いている人々を止めたいという気持ちから、動画を作ったのだそうです。


上の記事を読んだだけでは、制作者の真意がどこにあるのかまでは、わかりません。本人が言うように、ほんとうに善意からの行動だったのかもしれません。


でも、たとえ善意から出た行為だとしても、プライベートで深刻な健康問題を推測して、世界に向けて勝手に動画で発信するというのは、どう考えても、大きなお世話です。


ネットの怖さ、SNSの怖さは、こういう形でのプライバシーへの侵食を、誰もが簡単にできてしまうことかもしれません。身内の顔まで流布してしまっている有名人は、こういう晒しのターゲットになることを、予防できないと思います。


・・・・・


もっとも、障害児の親としては、アメリカ大統領のような、社会的に力のある著名人に自閉症のお子さんがいらしたら、障害児教育や福祉の世界が、世界的規模で数段階進化するのではないかと思わなくもないですけども・・・・それとこれとは、別の話ですね。


・・・・・


とはいうものの、やはり気になって、「動画」を含めて、アメリカでどのように話題になっているのか、情報を探して、見てみました(結局、誘惑に負けた)。


うーん。。。

言われる理由は、わからなくもないとは、思いました。

あだきち君の幼いころと、似ている感じもありましたし。

これは、自閉症児の親御さんたちは、たしかに猛烈に気になるだろうとも。



真実がどうであれ、彼の人生にいいことがいっぱいありますようにと、祈るばかりです。











動作を記憶することの困難さと補助の方法




餃子の皮ラザニアを食べる三きょうだい(あねぞう画)




KURASHIRUっていう、料理動画紹介のスマホアプリが、いまちょっと気に入っています。

PCからでも、見られます。

https://www.kurashiru.com/



美味しそうなレシピを動画で紹介していて、見ているだけで、作ってみたくなるんです。

昔から、料理の手順を覚えるのが苦手で、主婦業ではほんとに苦戦してきました。

レシピを見ながら、何度か作ってみても、覚えられないのです。

たぶん、私には、動作手順を記憶することに、何らかの困難があるのだろうと思います。


高校のころ、学校のクラブで茶道(裏千家)を三年間習いましたが、二年目までは、お点前の手順を全く覚えられず、お師匠に馬鹿呼ばわりされつづけました。毎週練習していて、私ほど何も覚えられない生徒が、他にいなかったからです。

茶道の文化は大好きで、歴史や茶器のことは覚えられるのに、動作だけが、全く頭に入りません。

三年生になって、さすがに情けなくなって、お点前の手順を解説した、写真入りの本を一冊買いました。

それを繰り返し見て、手順を言葉で暗記して、動作内容を言葉で復唱しながら、動作全体を頭に思い浮かべるようにして…やっと、お点前を通して一人でできるようになりました。


他の生徒たちは、こんな練習をしなくても、普通に点てられるようになっていたのだと思います。


いま、あらためて、自分がどうして苦手だったのかを考えてみますと、おそらくは、


他人の動作を、その場で見て、そのまま真似して、覚える


これが、できなかったのではないかと思うのです。

私が「一連の作業」をまるごと習得するためには、まず、言葉が必要でした。それぞれの手順を、言葉で記憶して、それを動作イメージと結びつけるのです。映像だけ、動きだけで、記憶することは、どうやら私にとって、とんでもなく困難であるらしいのです。


KURASHIRUの話に戻ります。

ここのお料理動画は、料理の手順をシンプルに編集して、要所要所に、端的な言葉をつけて、提示してくれます。

音声情報は切ることができますので、邪魔になりません。

動きにそのまま言葉がついているので、動作記憶に言葉の必要な私にとっては、この上なくありがたい学習装置となります。

しかも動画が短いので、ほぼ一回で、記憶することができます。

私のような、記憶の問題を抱えている主婦のかたがいるなら、ぜひ利用してほしいです。料理が、めっちゃラクになるはずですから。


というわけで、さっそく作ったお料理が、これ。


餃子の皮で!簡単ラザニア

https://www.kurashiru.com/recipes/8e18e86f-d1a6-44f0-8a26-c50d493d3c4f


小さな器でつくるのが面倒だったので、パイレックスの大皿で、5人分まとめて作りました。

とってもゴージャス!
そして、おいしくできました。ヾ(〃^∇^)ノ

あねぞうさんとほげ子さんには、大好評。
あだきち君も、無言でたくさんおかわりしていました。

ただ、冷めると、餃子の皮が固くなっちゃうんですよね。
残ったら、温め直してたべましょう。

お弁当には入れられないかな…。
いや、電子レンジのある学校なら、イケるかも。









2017年1月17日火曜日

おだやかな一休み(障害書の方々が働く喫茶店で)

あねぞうさん画 




うちの町にある、障害者の方々の働く喫茶店の絵を、あねぞうさんが描きました。

左上隅に描いてあるミニキャラは、お茶しているあねぞうさんと、私(おかーさん)です。

先週、立ち寄って、あねぞうさんはアイスココアを、私はサンドイッチセットをいただきました。サンドイッチ、家庭的なやさしい味で、大好きです(^^)。

こちらは地域の障害者の方々の作業所が、協同で作った喫茶店だと聞いています。


働いている方の多くは、あだきち君の学校の卒業生だと思います。みなさん、コツコツと、丁寧にお仕事されています。

食べていたら、喫茶店の窓の外を、お散歩中のあだきち君たちが、楽しそうに歩いていきました。




2017年1月10日火曜日

あだきち君の朝勉強

おかーさんと勉強するあだきち君 (あねぞうさん画)



あだきち君には、朝勉強の習慣があります。

漢字の練習、ちょっとした音読、文章の写し書き、計算問題、日記などを、やっています。

時間は、15分ぐらいから、長くても30分くらい。

勉強が、ものすごく好きというのとは、違うのかもしれません。新しいものを覚えるときには、かなりストレスがかかる様子も見えます。勉強のやりかたを、がらりと変えてしまうと、混乱して怒ります。

でも、新しい漢字をや、言葉を覚えるのは、好きみたいです。

漢字や、計算問題など、自分にできることを確認することで、気持ちが落ち着く様子もあります。



学習スピードは、ほんとうにゆっくりです。
一つの漢字、一つの熟語を覚えるのに、何週間もかけています。

けれども、二歳半から療育をはじめて、十七年目に入ったいま、積み重ねてきたものの量は、すごいことになっています。

重度障害であると診断が出て、どんなに繰り返し教えても、身の回りのものの名前を一つも覚えられなかった幼少期、漢字をたくさん読み書きできるようになっている姿なんて、想像もできませんでした。


学校は卒業してしまいましたけれど、あだきち君との勉強は、まだまだ続けていきます。

たくさん覚えた、漢字や言葉を、自分の思うように「使える」ようになることが、これからの目標の一つです。









2017年1月9日月曜日

あだきち君は踊らない・運動機能と努力での克服



おどるあだきち君  あねぞうさん画



あだきち君が、恋ダンスを踊って、あねぞうさんとほげ子さんがバックダンサーになっている絵を、あねぞうさんが描いてくれました。


でも、あだきち君は、ダンスをしません。

あだきち君にとっては、音楽を聴きながら、体全体を動かすということが、とても難しいらしいです。


手遊びなども、基本的に苦手で、「げんこつ山のたぬきさん」などをやろうとしても、両手、両足が、同時に動いてしまいます。


学校時代、運動会のお遊戯も、全部マスターできたことは、とうとう一度もありませんでした。

上半身を動かしていると、足の動きがとまってしまいます。
足が動くと、今度は腕の動きがとまります。

あだきち君の障害は、運動面にも、大きな制約をかけています。

やりたいことがあっても、きっと、たくさんあきらめて、我慢してきているのだろうなと思います。

でも、どうしてもやりたいと決めたとき、あだきち君は、密かにとんでもない練習を積みかさねることがあります。


wii スポーツリゾートに入っている、いくつかのゲームを克服したときも、そうでした。半年くらい、あねぞうさんやほげ子さんがプレイする様子を観察してから、一人で猛特訓していました。


いまは、iPadのマインクラフトというゲームに熱中しています。

最初は、ひたすらフィールドを歩き回るだけでした。

いまは、自在にアイテムを使って、建造物を作り上げています。

マインクラフトを克服するときも、あねぞうさんやほげ子さんのプレイする様子を、半年くらい、ずっと観察していました。


たぶん、その観察期間が、重要なのだと思います。

じっくりと、行動イメージを頭の中に作っているのではないでしょうか。




あだきち君が、マインクラフトで作るものはシンプルですが、とにかく壮大です。


猛烈に高いオベリスクや、果てしない広さの大要塞が、あだきち君の作る世界には、いくつもそびえ立っています。

時間はとてもかかるでしょうけれど、いつか、もっと複雑な構造のものが作れることに、気づくかもしれません。
















2017年1月8日日曜日

着る物へのこだわりと、こだわらなさ

あねぞう画「姉のシャツを着るあだきち」



あだきち君の、家の中での基本スタイルは、Tシャツと、トランクス。

一年中、その涼しすぎる格好にこだわっています。


こだわりは、強いのですが、Tシャツとトランクスの組み合わせさえ守られていれば、それが「誰」のものであるかには、あまりこだわりがない様子です。


おとーさんは、よくトランクスをあだきちくんに履かれてしまって、悲しんでいます。

あねぞうさんも、Tシャツを着られて怒っています。



我が家で一番巨大なあだきち君が身につけると、おとーさんのトランクスは破壊され(縦に裂けます)、あねぞうさんのTシャツは、びろーんと伸びてしまいます。

なので、とっても迷惑がられているのですが、あだきち君としては、おとーさんのトランクスや、あねぞうさんの服を借りて着るのが、ちょっとうれしい様子です。なんとなく、親愛の情の表れのような気もします。


逆に、あねぞうさんや、おとーさんが、あだきち君の服を借りたり、お下がり(お上がり?)として貰って着ていることもありますが、あだきち君が文句を言うことは、一切ありません。そのあたり、あだきち君は、とても寛容です。


小学校くらいまでのあだきち君は、新しい服や靴が苦手で、着慣れないものを徹底的に拒否することもありました。運動会や演劇発表のときに、衣装をつけられなかったことも、何度かあったと記憶しています。


成長して、そういうたぐいのこだわりは、ほとんど無くなりました。いまはむしろ、新しいものを喜ぶような様子もあります。








2017年1月6日金曜日

寒い一日・眠れない夜・さおり織りの福祉作業所


冷え込んだ一日でした。
あだきち君を介護施設に送り届けるときだけ、外に出たのですが、風の冷たさが骨身にしみました。




昨晩は、気が落ち込んでしまって一睡もできず、ヨレヨレな一日でした。(´・ω・`)


気が落ち込んだ直接の理由は、ネットでうっかり、知的障害者に対するヘイト発言を見てしまったことでした。

内容は再録しません。
探せば、いくらでもそこいらに転がっているたぐいです。相模原の事件以来、あの犯人と同じような考えを書いて憚らない人が、微増している気がします。

あの石原慎太郎さんなども、相模原の犯人の気持ちが分かるとおっしゃっていたとか。私には分かりませんけども、分かる人には分かるのでしょう。同じ人間ですから、分かる人がいたとしても、不思議はありません。


石原慎太郎が「やまゆり園事件犯の気持ちがわかる」と暴言
(本と雑誌のニュースサイト/リテラ)
http://lite-ra.com/2016/09/post-2583.html



ヘイト的な発言などは、見慣れているはずなのですが、ちょっと眠りが浅くて体力を落としているところだったので、悪意や害意を向けられたように感じて、気持ちが負の方向に引きずられやすかったのかもしれません。


人を傷つける言葉を無制限にネットに吐き出そうとする人々の心性は、私にはうまく理解することができませんけれども、書いている人々にも、やりきれない苦しさや、壊れてしまっている部分、闇の部分があるのだろうとは想像します。

幸せに満たされていたら、見ず知らずの病者や障害者に対して、朝な夕な、死ね死ねと書き散らすなど、到底できないと思いますから。


(´・ω・`)



なにはともあれ、そういうものを見て、引きずられていてもしかたがありません。

死ね死ね言ってる発言を一個見かけたら、その十倍くらい、生きててうれしい話を語るぐらいの気概で暮らしたいものです。






■今日のあだきち君



今朝はとても機嫌がよくて、施設に行くまで、ルンルンして待っている感じでした。

お姉ちゃんのあねぞうさんがボランティアに入ると、悠然と楽しんでいるあだきち君の姿があったそうです。

それでも、ふとさみしくなる時間帯があったらしく、涙ぐんでいることもあったと、職員さんが、連絡帳に書いてくださっていました。


言葉で説明することのないあだきち君が、時々さみしくなってしまう原因は、周囲の人間には、なかなか分かりません。


支援学校時代の暮らしを思い出しているように見えるときもあります。

ちかごろは、あまりやらなくなりましたが、おとーさんの書斎から、卒業アルバムを持ち出してきて、友だちの写真に見入っていることもありました。


あだきち君のために、思い出を楽しめる小さなアルバムみたいなものを作ってあげられたらと思って、写真用のクリアファイルを、買ってきてみました。どんな写真を選んだら喜んでもらえるのか、少しづつ、あだきち君本人に確認しながら、作ってみようかと思っています。





■福祉作業所のさおり織り



元気の出るもの発見。(^^)

福祉作業所の製品を紹介、販売する、「たーとるうぃず」というサイトに、すてきなさおり織りのポーチが出ているのを、見つけました。


さをり織りのポーチなど・織音(おりおん)
http://www.turtlewiz.jp/archives/2643


Amazonで購入できるそうです。





(引用元 Amazon)




こちらのさおり織り製品は、宮城県、石巻市の共生福祉施設、織音(おりおん)というところで、製作されているそうです。


http://orionishinomaki.wixsite.com/home



いい色ですね。

気持ちが明るくなります。ヾ(〃^∇^)ノ









2017年1月5日木曜日

お正月明けの、朝のパニック

介護施設のお休みが終わって、あだきち君の生活は、平常営業にもどりつつあります。


でも、まだ妹のほげ子さんの小学校は冬休み。
いまも週一回通っている療育教室も、まだお休み。


よく馴染んでいる平日には、完全には戻りきっていません。



あだきち君は、直近の予定が分からなくなると、強い不安に襲われて、パニックになることがあります。


今朝は、自分がお休みなのか、でかけるのか、分からなくなってしまったみたいで、不安炸裂してしまいました。


「お風呂に入る!?  ○○(施設の名前)に行く!?  ○○(療育教室の名前)!?」


と、大きな声で何度も連呼しながら、家の中を走り回って、とても苦しそうでした。


こんなときは、何度予定を教えて聞かせても、なかなか納得してくれません。


それでもあだきち君は、三十分ほどで自力で落ち着いて、車に乗って施設に着いたころには、すっかり穏やかな顔になっていました。


今日は、お姉ちゃんのあねぞうさんも、ボランティアで施設に行きました。
あねぞうさんが作業しているところを、あだきち君が、うれしそうに見に来ていたとのこと。


先にあねぞうさんが施設から帰ってしまうと、あだきち君はちょっと涙ぐんでいたと、施設の方が、連絡帳に書いてくださっていました。やっぱり不安な気持ちが残っていたのかもしれません。



学校時代には、長期のお休みのあとは、いつもこんな感じで、感情的に崩れることが多かったです。

介護施設は、夏休みや冬休みのような、長期のお休みがないので、あだきち君の心の負担は少なくなるかもしれません。




















2017年1月4日水曜日

一年が始まりました


お正月ムードは昨日で終わり。


今日から、あだきち君の介護施設通所開始です。





あだきた君の通所開始
あだきち君通所  (あねぞうさん画)




この絵そのままに、職員さんに迎えられて、ルンルンで施設に入っていきました。

あねぞうさんは、お昼から、調理補助のボランティアに入りました。


ほげ子さんは、塾の冬期講習が今日から再開。七時間、中学生のお兄さん達と一緒に、頑張りました。



今年も、きっといろんなことがあるのだと思います。

楽しいことも、つらいことも、悩ましいことも、きっとたくさん。


発達障害者、知的障害者に対する世の中の風は、まだまだ厳しく、冷たいことも多いです。ネットで情報検索していると、うっかり酷いヘイト発言を見かけることも多くて、気持ちが暗くなります。


自分が障害児や難病児の親になってみて、つくづく思うのは、差別発言やヘイト発言を底から支えているのは、ごく一般の、善良で平和的な市民の方々だということです。

そういう方々が、ごく当たり前の市民感覚として、

「障害児はうちの子と同じ普通学級にいてほしくない」
「障害者福祉は税金の無駄だと思う」

ということを、口に出しておっしゃっています。そして、周囲には、それに面と向かって異を唱える人は、滅多にいないのです。


そういう方々が、いつか老化や病気のために、重い障害を持ってしまったとき、その方々のご家族、とくに影響を受けて育ったお子さんは、

「障害のある人間は家族の中にいてほしくない」

と、自然に考えるようになったとしても、しかたのないことかもしれません。



さらに、福祉の力を借りて生活するとなったときに、「障害者福祉は税金の無駄だと思う」という考えを固持したままであれば、生きること自体が、負い目となってしまうかもしれません。


本当に、それでいいのでしょうか。
それは、社会としてあるべき姿なのでしょうか。


非常に悲しいことですが、政治に携わる方々、行政に大きな意見を言える立場の方々の中には、障害者や難病者に対して、否定的な意見をあらわにする方が、いらっしゃいます。

そういう意見が公的に表明されれば、非難の声はあがりますが、全面的に否定する流れにはならない・・・・そのことは、昨年の相模原の施設での虐殺事件のあとにも、あらわになりました。

だいぶ前になりますが、元東京都知事だった、石原慎太郎さんが、知事時代に障害者施設を訪問したあと、入所している方々について、


「ああいう人ってのは人格があるのかね」

という発言をしたことで、問題視されたことがありました。

当時は、うちのあだきち君の重度障害が分かったばかりの頃でしたので、前後の文脈から切り離された状態で繰り返し報道される、この言葉が、まるで社会全体の、ハンディを抱えた存在に対する極寒の空気の象徴のように感じられて、ほんとうにつらく、腹立たしい気持ちになったものでした。

私と同じ思いを抱いた方が少なくなかったのでしょう。
いまでも、この発言は取り沙汰され、批判されつづけています。


障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈 (リテラ 2016.07.27)



こちらの記事から、少しだけ引用します。


 石原慎太郎は、都知事に就任したばかりの1999年9月に障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。

「ああいう人ってのは人格があるのかね」
「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」
「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」
「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」

 ほとんど植松容疑者の言っていることと大差ない。


石原慎太郎さんは、この他にも様々な差別的ともとれる問題発言を行っておられましたが(「ババア発言」なんていうのもありましたね…)、東京都民は、彼を都知事として選び続けました。


大多数の有権者の方々にとって、こうした発言は、都知事の資質として問題視すべきものではないという判断だったのでしょう。


私は、石原慎太郎さんという老作家を、決して嫌いではなく、いろいろな意味で、おもしろく、興味深い存在だと思っています。


政治家としての彼の発言には傷つけられましたが、彼自身が、なぜあのように、特定の存在(老婦人・重度心身障害者・同性愛者・その他)に対して、強い嫌悪を公言してはばからないのか、その嫌悪症の奥底には、どんな心理があり、生い立ちがあり、事情や理由や感情があるのか、いつか、洗いざらい外に出して、作品かしていただけないものかと、願っています。

ご本人が執筆なさるには、もう時間が足りないかもれしません。ですので、どなたかが、伝記として、あるいは小説として、書いていただけないかと思うのです。あの石原慎太郎さんという、力ない立場の人間に容赦ない暴言をぶつけてはばからないにもかかわらず、表情には常に何かに怯え恐れつづける臆病な小猿のような気配を漂わせ、その怖れのために分厚い鎧を着込まざるを得ないような印象を与えつづけている、不可思議な権力者の心の深層を、解き明かしていただけないものかと。それはきっと、日本の社会に深く組み込まれ、膿と澱を堆積しつづけている、どうしようもない差別の構造を万人に分かりやすく伝える、すばらしいエンターテイメント作品になるのではないかと予想します。


同じく差別的問題発言を繰り返す老作家として、曾野綾子さんという方もいらっしゃいますが、こちらの方には、どうもあまり興味を引かれないのが、我ながら不思議です。幼少期に、彼女の書いた「シンデレラ」の豪華絵本を愛読していたのですが、人物には心引かれません。なんでですかね。同性だからかもしれません。あと、存在がステレオタイプだからかも。




2017年1月3日火曜日

もう三日になっちゃった/まもなく平常営業


昨年末、これを買いました。

スナゴケというのだそうです。


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暑さにも寒さにも強く、ほとんど世話がいらないそうです。


霧吹きで、ときどき水をあげるのですが、吹きかけると、枯れかけたような、固いツンツンの状態だったコケが、ふわ~っと開いて、けむるような鮮やかな緑色に変わるのです。

そのファンタジックな変化がいじらしくて、ついつい水をあげたくなってしまうのですが、あまりあげすぎてはダメだとのこと。


コケというと、日陰を連想していまいますが、スナゴケは、日当たりのよい場所が大好きだそうです。夜は部屋に入れていますが、日中は、ベランダに出して日に当てています。




(__).。oO


あだきち君は、明日から介護施設の通所です。
学校よりも、お休みがずいぶん短いです。
送り迎えも開始。

あねぞうさんも、明日からボランティアに入るとのこと。


ほげ子さんは、明日からまた塾の冬期講習。学校は、九日まで冬休み。


私は、更年期障害と思われる全身の関節の痛みが、ちょっとハンパなくなってきたので、対策を考えようと思っています。病院に相談しつつ、栄養面の見直しをしないといけません。骨粗鬆症、怖いです。



万が一、あまり動けなくなってしまったときのことを考えて、あだきち君の送迎を、もう少し福祉のほうにお願いしていくように、シフトする必要もありそうです。いまは、毎朝私が車で送っていますが、お願いすれば、自宅近くまで、車で迎えにきてくれるシステムもあるはずです。

入所するときに、最初だから、毎朝施設の方々にご挨拶して状況を伝えたいと思って、お迎えを断ったのですが、連絡帳でしっかりやりとりもできていますので、大丈夫かなと思うようになりました。なにはともあれ、早めに、相談しなくては。

















2017年1月1日日曜日

元旦の、だらだらした日記(おせち、投薬、睡眠)




2017年1月1日は、まだ暗いうちから、あだきちくんが居間でごそごそやっている音から始まりました。


どうやら、隠してあったカップ麺を発掘して、水で戻して、食べようとしていたようでした。


以前は、24時間、電気ポットでお湯が使えるようにしていたのですが、ポットにたまる沈殿物が気持ち悪かったので、使用をやめてしまったのでした。

沈殿物は、水道水のなかに含まれるミネラル類だそうで、そう害のあるものではないという話ですけども、なんか、気持ち悪いんですよね。(´・ω・`)


というわけで、あだきち君、明け方に目が覚めてお腹がすくと、インスタント麺やカップスープ類を、水で戻そうとするようになってしまいました。

当然、あまり美味しくないので、水入れただけで、そのまま残していることが多いです。家族が起き出してから、あっためてやっています。


家族がみんな起きてから(正確には、ほげ子さんをたたき起こしてから)、おせちをいただきました。


うちの子どもたちは、おせち料理が大好きです。
ぶりの照り焼き、きんとん、お煮しめ、昆布巻き、紅白なます、その他、そしてお雑煮。

飛ぶように消えていきました。

あねぞうさんも、今回はおせち製作に参加。
大晦日に、好物のマリネを二種類(スモークサーモンと、生ハム)、作ってくれました。


午前中は、のんびり過ごして、お昼にはまたおせちをたべて、またのんびり。


休日には「おとーさんとお買い物に行く」のが決まりになっているあだきちくんのために、午後からちょっとだけ、家族みんなで、近所のお店の初売りをのぞきました。